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 薫は、動物病院の待合室のベンチに、ひとり腰かけていた。平日の午後三時過ぎ。病院から飼い犬の病状が急変した連絡を受けて、急ぎ駆けつけたのである。しばらくして看護師がやってきて薫は手術室にとおされた。
 手術台の上に、金色の毛並みの大きな犬が横たわっている。担当の医師が青ざめた薫の顔を見て、申し訳なさそうに言った。
「ーさきほど急に容体が変わり、意識を失ってしまいまして」
 医師は薫の飼い犬が、もはや手の施しようがないことを告げた。薫は悲痛な面持ちで金色の犬の頭にそっと手をおき、慈愛の眼差しを注いだ。薫の心には憐憫の情があふれ、深い後悔の念が胸をしめつけた。
ーずっと、一緒にいてやればよかった。

 薫の飼い犬は、体は大きいが至って温厚な性質で非常にひとなつっこかった。いつも笑っているような顔(これは薫の友人の言である)の犬である。神経質で短気な性分の薫は、いつもおっとりとしていて、どこかとぼけたような表情のこの犬といると、不思議と癒された。だが世の飼い犬の常と言おうか。彼らはひたすら主に待たされる宿命にある。薫の飼い犬も、やはり主を待ち続ける日々を送った。会社に出かける主の後ろ姿、たまの休日さえ飼い犬を残し遊びに出かける主の顔を、金色の犬はいつも悄然として見送った。
 そうして七年が過ぎ去ったある日、突然金色の犬は重い病気にかかってしまった。余命一カ月。薫は医師にそう宣告された。それからの一カ月。薫は心を改めて、できるかぎり飼い犬のそばにいるようにした。いつも笑っていた金色の犬は、いつしか笑わなくなっていた。薫は苦しいのかも知れない?といぶかしんだ。この犬が笑わないなんて、よほど痛みがひどいに違いない!病院で処方される痛み止めの薬だけでは頼りなく思えて、薫は日夜、天に祈るようになった。そうだ!この犬には天使の名前をつけたのだから、天使になら祈りがつうじるかも知れない!薫はそう思い立ち、大天使に向かって祈りを捧げた。
 犬が苦痛を感じませんように!死への恐怖に怯えませんように!
 そうしてちょうど一か月が過ぎた日、金色の犬は突然ばたっと床に四つん這いになって倒れた。薫は金色の犬を抱き上げた。全身の力が抜けた犬の体は、想像以上に重く感じられたが、薫は友人の助けを借り、なんとか犬を車に乗せ病院へと運んだのだった。それから数時間後、金色の犬は容体が急変し意識を失ったのである。
 
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