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 さっと身構えるスミスの背中が烈しく逆立つ。
 ユノーはすぐさまスミスの背中に跳び乗り、タイムの花輪をレグルスの首にかけた。もののけの爪がレグルスを引き裂かぬよう、防ぐためである。
「置いていけ・・・」
 黒い影がしわがれ声でそう言った。
 しかしユノーは動じる様子も見せず、威嚇するように怒鳴った。
「お前はこの森のもののけか?ならばスミスのことも知っているだろう。お前などスミスの敵ではない!さっさと立ち去れ」
 しかし黒い影は、いっそう声を荒げて叫んだ。
「置いていけ!」
 ユノーは退く気配のない黒い影を横目で睨みつけながら、スミスの頭に這い上がり、長い毛に覆われたスミスの耳もとで何やら囁いた。じょじょにスミスの体から燐光が放たれる。これを見て黒い影は怯えるように体をくねらせ、あとじさった。ネコのように喉を鳴らしながら、黒い影が地面にうずくまる。
「気を付けろ!擬態するぞ」
その時、空から何者かが叫んだ。
咄嗟にユノーは、スミスに身を低くするよう指示した。そしてレグルスを庇うように、眠っている彼の背中に抱き付いた。
にわかにヒュルヒュルヒュルーと音がして、空から黒礫(くろつぶて)のようなものが降って来たかと思うと、それらは黒い影の体に次々と落下した。たちまち黒い影の体が黒い飛沫となって四方に飛び散った。
 しかしスミスの放った燐光は、飛び散った黒い影の欠片を跳ねのけた。こうして欠片はそこいらじゅうに砕け散ったが、その一つ一つがとかげの尻尾のように不気味に揺れ動いていた。
 ユノーは、空で彼らを見守っているはずの天使に向かい叫んだ。
「頼む!レグルスを守ってくれ。彼はきみの友人だろう?」
 その声に応えるように、一人の天使が空に姿を現しこちらを見下ろした。
「こんなところまで、のこのこやって来るレグルスが悪いのさ!」
「だが、このままでは私たちだけでレグルスを守り抜くのは難しい。君は彼を見殺しにするつもりかい?」
 天使が眉間にしわを寄せる。
「ぼくを脅すつもりかい」
「君の助けが必要なんだ」
 ユノーは声を和らげた。
「向こうの杉の木のところまでレグルスを運んで行ってくれないか?そうすれば、あとは僕らだけでもレグルスを守ることができると思うんだ」
 ラルフは黙ってユノーを睨み付けた。

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 目指す杉の木は、渓流沿いの岩場から少し斜面を登った丘の中腹、灌木林が途切れ杉の木立に変わり始めるあたりの山肌に立っていた。
 灌木の枝にレグルスをぶつけぬよう、スミスは林を抜けるのを避け、ごつごつした礫岩を足場に登っていくことにした。
 しばらく行くと、山から吹きおろす風にのって爽やかなハーブの香りが鼻をついた。
 目を上げると、すぐ先にある折り重なって地面に突き出した岩の隙間から、小さな薄桃色の花をつけたタイムが這い出して葉を伸ばし、長く垂れ下がっているのが見える。
 高木に遮られることのない丘陵地の岩場は日当たりが良く、季節になれば様々な花が咲き乱れ目を楽しませる。いまも花の香りに誘われ周囲を見渡すと、あちらこちらの岩肌に白や薄桃色の小花を散らしたハーブが群生し、丘を美しく彩っていた。
 だがその景色が眺められるのも、傾斜のなだらかな山裾の丘のところまでーー。
 その先は針状の葉が枝を覆い陽射しを遮る杉の木立ちが並び、下草も生えぬ薄暗い山道が延々と頂きへと続いていた。
「スミス、しばらくここで待っていてくれるかい?。魔よけのハーブが咲いているようだから、少し摘んでいくことにしよう」
 唐突にユノーはそう言って、スミスの頭からぴょんと飛び降りた。
「タイムの香りが気に入らないようなら、少し場所を移動して待っていてくれてもいいよ」
 気遣うようにそう言い残して、ユノーはタイムが咲き乱れる岩場の方へと向かい走り去って行った。
 もののけたちは、タイムの香りをことのほか嫌う。スミスも以前はタイムの香りが苦手であった。しかし精霊に仕えるようになってから、奇妙なことに香りがまったく気にならなくなっていたのだった。
 ユノーは岩肌に枝を伸ばすタイムを鋭い歯で次々と噛みきると、それを器用に1本1本つないで輪にしていった。こうしてタイムの花飾りを3つ拵え終えると、彼はそれを口にくわえ急ぎスミスのもとへと戻ってきた。
「どうやら、もののけたちが僕らの臭いを嗅ぎつけたようだ・・・。先を急ごう。奴らに追いつかれる前に、レグルスを杉の木のところまで運ぶんだ!」
 緊張した声でユノーがそう言うのを聞いて、にわかにスミスも身を強張らせた。
「あの杉の木には清浄な霊気が宿っているけれど、それだけでレグルスの身を守ることはできないよユノー。どうするつもりだい?」
 スミスの問いに、先に立って歩いていくユノーは、振り返ることなく小声でこう答えた。
「レグルスには、僕らには見えない守護天使がついているよ。彼はもののけからレグルスを守るために、きっと杉の木を目覚めさせることだろうからね」
「そうか、あの天使だね!僕もさっきから何となく気配は感じていたよ」
「彼はファンタジーガーデンによく顔を出す天使でね。確かラルフといったかな?レグルスとは顔なじみなのさ。だから今日も、彼のことが心配でここまでついてきたんだろう。天使と杉の木の力を借りれば、もののけたちを追い払うことも、森の守り主に会うことも、そう難しいことじゃない」
「うん。それは実に名案だ!」
 スミスは大きく肯いて、背中のレグルスを振り返った。だがレグルスは意識を失ったままで、一向に目覚める気配はない。
 やがて杉の木までもう目と鼻の先というところまで来たときであった。すぐ後ろの灌木林で葉が激しく擦れあう音がして、スミスとユノーは反射的に振り返った。と、その時、黒い大きな影がさっと二人の前に躍り出て、彼らの行く手を阻んだのであった。

 ユノーは返事をしなかった。
 スミスはどうしてよいかわからず、そこに突っ立ったまま、レグルスとその傍に付き添うユノーとを見つめていた。
 森はうす暗く、不気味なほどしんと静まり返っている。
 仮に何か物音でも聞こえてこようものなら、恐らくスミスはすぐにそちらへの警戒を強め、小さな友人の態度にとりたてて落胆することもなかったであろう。けれども森からは、彼が注意を払わねばならぬような不審な気配はまるで感じ取れなかった。
ーーもののけの森。
 神秘の谷へとつうじるこの森を、人々はそう呼んで忌み恐れていた。実際、人を寄せつけぬ深い渓谷に閉ざされたこの地は、人とは異なる世界に生きるもののけたちのすみかとなっていた。彼らは昼夜を問わずこの森を徘徊してはいたが、決して渓谷を抜け人の住む地へとさまよい出ることはなかった。それは彼らが古(いにしえ)の昔から、ある一つの戒めにより縛られていたからである。
 ただ、この森を束ねる守り主と、それに付き従うもののけだけは例外で、彼らだけは自由にこの森と人の住む外界とを行き来することが許されていた。
ーースミスはかつて、この森の守り主に付き従うもののけであった。その名残で今でも彼は、自由にそれぞれの地を行き来することができるのだった。
 ただそれゆえに、彼は守り主に会うのが気が重くもあった。
 守り主は、自分が最も信頼を置くものを従者に選ぶ。スミスも守り主にたいそう目をかけられ付き従うようになったものであったが、ある時、神秘の谷に住む精霊に外界への案内を乞われ、それがきっかけで精霊に付き従うものとなったのであった。
 森の守り主に受けた恩を仇で返した・・・そんな自負がスミスにはあったのである。
「もののけたちは、レグルスを見たら襲ってくるだろうね・・・」
 ファンタジーガーデンという楽園で育ったレグルスは、もののけたちの目にはさぞやご馳走にうつることだろう。純粋な魂をもつ生き物は、彼らには極上の食糧となる。
「レグルスを目立たぬように運ばなければならないね。いくら僕でも、腹をへらしたもののけの群れをなぎ払える自信はないよ」
 スミスがぼそりとそう言った。
「そのことなら、わしに一つ考えがある」
ユノーは、森の南側に立つひときわ高い杉の大木を指差して言った。
「まずはあの杉の木のところまで、レグルスを運ぶことにしよう」
 スミスはユノーが何か妙案を思いついたらしいことを喜び、眠っているレグルスをふたたび自分の背中に乗せ川沿いの道を南に向かって歩き出した。
 もののけが住む森とはいえ、ここは精霊のすむ聖域とも接し人界とを隔てる役目を担う地でもある。麗らかな陽射しを浴びれば心和み、香しい風が通り抜ければ胸が高鳴りもする。ユノーはかすかに、レグルスを追って彼らと共にこの地を訪れたものの存在を感じ取っていた。
(彼に一役かってもらうことにしよう)
 ユノーは、そう心でつぶやいていた。

 妙な気分だった。
 魚がえら呼吸するように、のどを通る大量の水もまるで気にならない。じっと水中を見回すうち、レグルスは自分が別な生き物に生まれ変わったような気がした。陸とはまるで違う水中の眺め。彼をとりまくどこまでも広く青い世界。さらにその青い背景に美しく色を添えているのが、群をなして揺れる水藻の緑であった。それらが、天から降りそそぐ太陽の光を受け照り映える様にレグルスはうっとりとみとれた。
 しばらくして大鮒は洞窟の奥へと流れ込む急流に乗り、矢のような速さで泳ぎ始めた。3匹は慌てて鮒の背にしがみつく。こんなところで油断をして、うっかり流されては堪らない。
「レグルス、大丈夫かい?」
 心配したユノーがレグルスに呼びかけた。
「うん、大丈夫だよ!」
 レグルスがスミスの尻尾をくわえたまま、くぐもった声で答える。
「洞窟を抜けるにはしばらく時間がかかる。その間はずっと流れも早いから、わしが声をかけるまでは決して気を抜かないようにな!」
 ユノーはそう言い終わると、たちまちスミスの頭の毛の中へともぐりこみ姿を消した。
 洞窟の中は、至る所にごつごつとした岩が突き出て穴を狭めていた。岩のすぐ横をかすめるように通り抜けるたび、レグルスは何度も悲鳴をあげそうになった。だが恐ろしい程の速さで泳いでいるにもかかわらず、大鮒は絶妙のタイミングでそれらの岩をかわして進んでいく。どうやって岩をよけているのか、レグルスには皆目見当もつかなかったが、大鮒を案内役につけたユノーの賢さには改めて感服した。
「皆さん、この先はとても通路が狭くなっています!振り落とされないように、しっかりわたしにつかまっていて下さいよ」
 大鮒がそう言った直後だった。
 突然、目の前の通路がこれまでとは比べ物にならないくらい狭くなり、レグルスは恐ろしさのあまり目を閉じた。
 と、次の瞬間である。レグルスは自分の体が水中から飛び出し、ふわっと宙に浮くのを感じて目を開けた。
「ウワーッ!」
 眼下の景色に驚嘆し、レグルスがたまらず悲鳴を上げた。
 なんと彼らは大鮒の背に跨ったまま、真っ逆さまに巨大な滝壺へと落下していこうとしていたのである。
 ほんの数瞬が数分にも感じられるほど、時間がスローモーションで流れ去った後、彼らは叩きつけられるような衝撃を体に感じて水中へと放り出された。
 大鮒から振り落とされたレグルスを追って、スミスが目を見張るほどの速さで泳ぎ寄り彼を抱きかかえる。案の定レグルスは意識を失っていた。スミスはレグルスを自分の背中に乗せると、水面に浮上してゆっくりと川岸の方へと泳いで行った。その様子を離れた所から大鮒がじっと見つめている。やがてスミスの頭上に立ったユノーが大鮒を振り返り彼に合図を送ると、大鮒は勢いよく水面高く跳ね上がってそれに応えた。そしてふたたび水中深く沈んだかと思うと、そのままどこかへと消え去っていったーー。

「スミス、レグルスは気を失っているようだ。このまま目を覚ますまでそっとしておいてやろう。森の奥で待っているもののけたちを振り切るのは、わしらだけの方が都合がいいだろうからね・・・」
 スミスの肩を滑り降り、レグルスの顔に近寄って眺めながら、ユノーは静かな声でそう言った。
 スミスは小さく肯いて、レグルスを川岸の木陰へと運びそっと下ろした。
「ユノー。彼を本当に森の守り主に会わせるつもりなのかい?」
 レグルスの頬に鼻をつけ、しきりに様子をうかがっているユノーを見下ろしながら、スミスは唐突にそう訊ねた。


 人魚はためつすがめつユノーの顔色をうかがい思案していたが、しびれをきらしたスミスが威嚇するように唸り声を上げた途端にひるみ、諦め顔に「分かりました・・・」と承知した。
「けれど神秘の谷へ行くには、いったん川から上がり森を抜けなければなりません。わたしは陸へ上がることはできませんから川岸までしかご案内できませんが、それでよろしいですね?」
 刺すような視線をレグルスに向けながら、人魚は意味ありげにそう念を押した。
「心配は要らない。神秘の谷への道順なら心得ているからね。こう見えて、おまえよりは余程わしのほうがもの知りなのさ!」
 ユノーはせせら笑うような口調で人魚をいなし、スミスの鋭い爪を指差して言い足した。
「それに神秘の谷に住むもののけを恐れぬ、頼もしい仲間もいるのでね」
 人魚は憮然とした顔で、肩をすくめてみせた。そして体をねじるように跳びはねたかとと思うと、あっという間に、さきほどの大きな鮒の姿へと変わったのである。ユノーはスミスの頭の毛を両腕でしっかりとつかむと、左右の毛を交互に引っ張りながら、スミスに何やら合図を送った。スミスはそれに答えるように一声大声を上げると、大鮒の背びれを抱きかかえるようにして跨った。続いてユノーは、鮒の鱗に爪をかけながら、懸命によじ登ろうとしているレグルスに声をかけた。
「レグルス!スミスの尻尾をしっかり噛んで離さないようにするんだ。スミスの体はとても固いから、きみが噛んだぐらいではちっとも痛くなんかないからね。それより川の急流で大鮒から落ちて流されないよう、しっかりつかまっているんだよ!」
 こうしてスミスの頭に乗ったユノーと、スミスの尻尾に噛みつきつつ鱗に爪をたてて取りついているレグルスを背に、大鮒は2、3度川岸で跳ねて弾みをつけると、勢いよく川の中へと跳び込んだのであった。

 やがて水面まで上昇し、レグルスたちが水上に顔を出せるくらいの深さを維持して泳ぎ出した大鮒は、川の中央まできたあたりでユノーに声をかけた。
「神秘の谷へ行くには、向こうの洞窟を抜けていくのが早いのですが、かなりの急流ですし、水面に浮かびながら泳ぎ続けることは難しいかもしれません。どうしますか?」
「構わないよ。洞窟を抜けて行ってくれ」
なんの躊躇いもなく、ユノーはそう答えた。けれどもレグルスは内心不安に駈られた。ずっと息を止めていられるかしら?そう思うと心配でならない。こうしている間に、驚くほどの早さで泳いでいく大鮒は洞窟に着いてしまうだろう。レグルスは少しの間くわえていたスミスの尻尾を離し、ユノーに語りかけた。
「ねえ、ユノー。僕、水の中でずっと息を止めていられるか心配だよ。ずっと洞窟を抜けるまで辛抱できるかな・・・?」
 するとユノーは、まるで頓着していない様子で言った。
「大丈夫だよ。スミスにつかまってさえいれば息は苦しくならない。きみがスミスの尻尾に噛みついてさえいれば、水の中にいてもちっとも苦しくはならないんだよ」
 レグルスは驚いて聞き返した。
「え!どうして苦しくならないの?」
 するとユノーは、いたって平静な声で答えた。
「スミスはもののけの仲間なんだよ。だから一緒にいさえすれば、不思議な力がきみにも備わるんだ・・・」
 ユノーの言葉の意味は、その後すぐにレグルスにも分かった。それは彼らの行く手に、川の流れを阻むようにそびえ立つ絶壁を望んだときのことである。絶壁に近づくにつれ、その崖の下にわずかに口を開いている洞窟があるのが見てとれた。これが大鮒の言っていた洞窟か?とレグルスが見入っていると、にわかにスミスの体が淡い光を帯び始めたのである。それは暗闇に住むもののけが放つとされる青白い光であることを、レグルスは悟った。その時だった。
 ザブーン!
 いきなり大鮒は、しぶきを上げながら水中深くへと潜っていった。レグルスは驚いて目を閉じ息を止めた。しかしすぐに苦しくなって目を開けると、大鮒が洞窟の方へと急いで行くのが分かる。もうこれまでーー。苦しさに堪えきれず、ついにレグルスは口を開いた。ところが、不思議なことに息が苦しくない。確かに口のなかにどんどん水が入ってきているのに、ちっとも苦しくならないのだ。驚いてユノーを見ると、彼もこちらを見下ろしてしきりに手を振っている。ユノーが言っていたのは本当だったのだ。スミスのもつ不思議な力が、ユノーやレグルスにも備わっていたのである。

 

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