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今日ご紹介する詩は、19世紀英国ロマン派の屈指の抒情詩人シェリーの代表作「西風に寄せる歌」です。
もうじき12月。日ごとに寒さもつのり、いよいよ冬本番となってきましたね。
この「西風に寄せる歌」は、凍える冬を人生の試練の時期になぞらえつつ、その後到来する春を希望の未来にみたてて情感豊かに詠いあげた作品です。辛い季節もいずれは過ぎ、やがては温かな春を迎える日が必ず来る。詩人のそんな思いが、そこはかとなく感じ取れる作品です。


西風に寄せる歌

    1

おう 烈しい西風 秋のいぶきよ
目にみえぬおまえに追い散らされる枯れた木の葉は
魔法使いからのがれる亡霊なのか

黄いろ 黒 青 疫病やみの深紅の
無数の木の葉ーー おう おまえ
翼のついた種子を 暗い冬の床に追いはらい

おまえのさわやかな妹の春風が
夢みる大地にクラリオンを吹きならし
(そよかぜに草をはむ羊の群れのようにやさしい蕾を駆り立て)

野も丘も いきいきとした色とかおりでみたすまで
墓のなかのしかばねのように
冷たくねむらせるものよ

あらゆるところを動きまわる 荒々しい精よ
破壊者にして守護者よ 聞け おう聞け!

    2

屹立する大空の激動のなかを
おまえの奔流にのって 雨と稲びかりの死者
大地の朽葉のようなちぎれ雲が飛び散り

「大空」と「大洋」のもつれあう枝々から吹き落される
おまえのわき立つ群青のうえに
狂乱のマイナドの頭に逆だちきらめく髪のように

ほの暗い水平の果てから天頂まで
近づくあらしの髪がなびいている
おまえ 昏(く)れゆく年の挽歌よ

暮れなずむこの夕ぐれは
おまえの霧のちからでかためた
巨大な墓所の丸天井なのか

厚い雲から 暗い雨や 稲妻や
あられがほとばしる おう聞け!

    5

わたしを あの森のように おまえの竪琴にしてくれ
わたしの木の葉が たとえ森のように散り落ちようとも!
おまえのどよめく壮大な音楽が

悲しいけれど美しい 荘重な秋のしらべを
森とわたしから得るだろう おまえ 荒々しい精よ
わたしの魂となれ! 烈しいものよ わたしとなれ!

わたしの死んだ思想を 朽葉のごとく
宇宙に追い散らし 新しい生命をもたらせ!
そして このうたの呪力によって

くすぶる炉の灰や火の粉をまき散らすように
わたしの言葉を 人類のあいだにまき散らせ!
わたしの唇をとおして まだめざめぬ大地に

予言のラッパを吹きならせ!おう 風よ
冬来たりなば 春遠からずや

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 さて今日は、「黒猫」や「モルグ街の殺人」などの短編小説で知られる作家、エドガー・アラン・ポーの詩をご紹介しようと思います。作家としてのポーの名は世界に広く知られていますが、詩人としてはあまり馴染みの薄い印象があるように思います。
 けれどもポーの詩は、フランスを始め各国で高い評価を受けているのです。
 彼の書いた詩の中でも、特に母国アメリカで親しまれている作品に、「鐘のさまざま」という詩があります。
 本日は4部構成からなるこの詩のうちの、1部と2部を皆様にご紹介しようと思います。
 物語の一場面のような、躍動感あふれるポーの詩を、どうぞお楽しみください。


 
     鐘のさまざま

        1

橇(そり)についたたくさんの鈴の音をお聞きー
銀の鈴だよ!
その音色は、これからの楽しい遊びを告げている!
それが夜の冷たい空気のなかで
なんとよく響くことよ、りん、りん、りん!
そして夜空には、いっぱいちらばる星々が、
澄みきった喜びに
きらきら光っている!
魔法の呪文に合わせるかのように、
橇から湧き出る鈴の音りん、りん、りんに
調子を合わせるように
チカチカチカチカ光っているー
その鈴の音に、鈴の音に、鈴の音に、
鈴のりん、りん、りんの音に
合わせるように


        2

今度は豊かな結婚の鐘をお聞きー
金の鐘だよ!
その鳴りわたる鐘の合唱は豊かな幸福を告げている!
香しい夜の空気のなかを通って
なんとよく二人の喜びを鳴らしていることか!
その融けた金のような音からは
そのメロディからは
なんと優しい詩がただよってくることか。
それを山鳩が聞いている
月をうっとり眺めながら!
ああ、その鐘の響きからは
なんと沢山の美しい音があふれてくることか!
それは溢れる!
二人を未来に連れてゆく
二人はうっとりと
鳴りひびく音に聞きいるー
ああその鐘の音!
鐘の音、鐘の音、鐘の音
その鐘の音、鐘の音、鐘の音が
それらの鐘の響きと歌が
二人を陶酔に誘っている!

 本日は、ミュージカル「キャッツ」の原作となった詩の作者、T.S.エリオットをご紹介しようと思います。彼の代表作「キャッツ」は、これまでの詩とはまったく趣を異にした作品です。
読めば思わず笑みがこぼれるこの詩は、コミカルで誰もが親しみやすく、詩の世界がじつに多様性に満ちていることを垣間見させる作品と呼べるでしょう。
 20世紀のアメリカを代表するノーベル賞詩人エリオットが、この詩集を出版したのは51歳のとき。円熟期を迎えた詩人が、このような愛すべき詩を書いたという事実は、詩の世界がもつ無限の可能性というものをわたしたちに感じさせてくれます。
それでは「キャッツーポッサムおじさんの猫とつき合う法」から、「あまのじゃく猫ラム・タム・タガー」をどうぞお楽しみください。


あまのじゃく猫ラム・タム・タガー

ラム・タム・タガーは、あまのじゃく。
雉をやるといえば、いや雷鳥のほうがいい。
一戸建ての家に住めば、住むならマンションにかぎる。
マンションに暮らせば、暮らすなら一戸建てでなきゃーー。
子ねずみをけしかけりゃ、大きいねずみが欲しい、
大きいねずみをけしかけりゃ、子ねずみが俺の好みだと全くうるさい。

うむ、ラム・タム・タガーって、あまのじゃくーー
どやしつけても無駄なこと。
いつもやりたいことばかり、
やりたいようにしでかして、
これじゃ、どうにもお手上げだ!

ラム・タム・タガーはやっかい猫。
家に入れると、外に出たがり、
ひそむは、いつもドアの向こう。
家に戻ると、すぐにも出てゆくそのしぐさ。
机の引き出しで寝るのが大好きで、
そこから出るのにひと騒動。

うむ、ラム・タム・タガーってあまのじゃくーー
みんなが、あいつを変てこ猫だと決めつける。
いつも、やりたいことばかり、
やりたいようにしでかして、
これじゃ、どうにもお手上げだ!

ラム・タム・タガーは、あまのじゃく。
人間様の気持ちに逆らうのが、習い性。
魚をやれば、もっとうまいものをくれ。
魚がなければ、うさぎの肉にも、
ミルクにも、鼻をならして、お見限り。
探したえさしか受けつけぬ。
でも、食器棚の上にえさを見つけた日にゃ、
耳元まで皿につかって、むさぼり食う。

ラム・タム・タガーは、抜けめない。
人に抱かれるなんて、まっぴらご免。
でも、お裁縫していれば、ひざの上に飛び乗って、てんやわんやのお騒がせ。

うむ、ラム・タム・タガーは、あまのじゃくーー
どやしつけても無駄なこと。
いつも、やりたいことばかり、やりたいようにしでかして、
これじゃ、どうにもお手あげだ!


詩人の小部屋3回目の今日は、イギリスのヴィクトリア朝時代を代表する詩人アルフレッド・テニスンをご紹介したいと思います。
数ある彼の詩の中から今回取り上げるのは、テニスンが桂冠詩人に任命された年に刊行された挽歌「イン・メモリアム」。この詩は大変長文のため、やむなく個人的にとりわけ印象深く感じられた一節のみを抜粋して、ご紹介させていただこうと思います。とはいえ、この詩のいずれの箇所も非常に素晴らしく、もし機会があれば、是非とも皆様には全文を読んでいただきたいと切に願っております。
悲しみの淵に立ちながら、それでもなお心に希望の灯をともす、彼の魂の詩をどうぞご堪能ください。  


 『イン・メモリアム』より

      Ⅶ

暗き家よ、私はまたしてもひとり佇(た)つ、
この陰惨な長い街並みのこの家に。
扉よ、ここではわが胸はいつも
動悸を打ちながら、友の手を待っていた。

その手はもはや握ることはできないーー
見よ、私は眠れぬままに
罪を犯した罪人のごとく
明けきらぬ暁、この扉に忍び寄る。

友はすでにこの世になく、はるか彼方で
生活のどよめきは再び始まる。
そぼ降る小糠(こぬか)雨のなか、物の怪のごとく
人影もなき街に侘しい一日が明けてゆく。

       Ⅺ

静けき朝(あした)、物音もなく
更に静かなる悲しみに相応しい静けさ、
わくら歯のあいだを縫ってぽとぽとと
聞こえるはただ栗の実の地面に落つる音。

静けさと深き安らぎのゆきわたるは、この小高い丘の上、
ハリエニシダを濡らすこの露の上、
そして蜘蛛の巣の、
緑と金の光を放つ銀糸の上。

静けさと静かなる光のゆきわたるは、彼方の大平原、
はるばると散らばる秋の日の四阿(あずまや)、
群がり寄り合う農家の家、小さく見える遠い塔、
果てを限るあの大海原。

静けさと深き安らぎのゆきわたるは、この広い大空、
紅葉して散りゆく木の葉、
そしてわが胸にもこの静けさがあるならば、
もしあるならば、それは静かなる諦め。

静けさと大海原には銀(しろがね)の眠り、
波は揺りかごを揺すって眠り、
あの友の気高き胸には死者の静けさ、
高まる波とのみ高まる胸に。


旅の疲れもあるのでしょうか?
少し読書に耽りたい気分になり、いくつか読みかけていた本を読んだ後、イギリスの詩人キーツの詩集を手に取りました。
「美の詩人」とも呼ばれるキーツ。惜しむべきは、その才能がわずか25年の生涯で幕を閉じてしまったこと。
天才の豊かな詩情とともに紡がれる生(いのち)への讃歌は、溢れんばかりの若き詩人の熱情を読む者にしらしめ、心の安寧とともに、立ち上がる勇気をも鼓舞してくれます。
今日は、夭逝の詩人キーツの代表作でもある「エンディミオン」の詩の一節をご紹介したいと思います。
皆様とともに、この若き天才の詩を心ゆくまで鑑賞できれば幸いに存じます。


『エンディミオン』より
(第1-33行)

美しきものはとこしえに歓びである。
そのめでたさはいや増すばかり、それが無に
帰することは絶えてなく、常に吾らがため
寝間を静粛に保ち 眠りをば
佳き夢と健康と安息もて満たし
           やまない。

さればこそ 朝毎に 絶えず吾らは編み続ける
わが身を大地につなぐ花の絆を、
いかに 失意に迫られようと 心の気高き人々が
惨として世上に乏しくとも 憂いに翳る日々があり
尋(と)めゆくべきさだめの道の悉く健やかならず
暗澹たれども。然り、ありとあらゆる不如意にも拘わらず
形象(かたち)美しき或るものが 吾らが暗みし精神より
塞ぐ覆いを奪い去る。等しく然様(さよう)のものだ 日も 月も
無垢な羊に蔭深き恵みを茂らせ展べる
老木も 若やぐ樹々も、同じく然様のもの 黄水仙も
その生(いのち)息づく緑の地平と諸共に、炎暑の季(とき)に備え
吾とわが身に涼しく隠(こも)る場を設ける
清流も、美(うま)しき麝香薔薇(じゃこうばら)の花をちりばめ
豊かに生い籍(し)く 森の奥処(おくか)の草むらも。
更には 偉いなる死者たちのため 吾らが想像(おもい)に偲ぶ
運命の壮大もまた 然様のもの、
吾らが耳にし または 読み味わえる愛すべきあらゆる
                       物語ーー
天際より吾らに向い降り注ぐ
不滅の甘露の尽きせぬ霊泉もまた。

なおまた これら美の精髄を吾らが身に受けること
短き一刻(ひととき)のみにて終わりはせぬ、然(さ)にあらずして、神殿を廻り
ざわめく樹々の いちはやく 神殿そのものに等しく
貴くなりゆく まさにその経緯をそのまま 月もまた
熱き情(こころ)を抒(の)べる詩歌も 不朽の栄誉も
絶えず吾らに寄り添い ついには 吾らが魂を
鼓舞する光となり 更に 固く吾らと結ばれては
吾らが上に日が耀き はた 暗影の閉すとも関りなく
常に吾らと共に在るべく さもなくば 吾らは死する他
                     なき迄に。

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