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悲しみにくれるデービッドにチャールズは言葉を失い、メアリーは泣き崩れてその場に座りこんだ。
懸命に呼び掛けるデービッドの声も空しく、クリス老人はぐったりとその身を横たえ指先一つ動く気配はない。絶望に駆られるデービッド。彼の頬を幾筋もの大粒の涙がこぼれ落ちる。
 そんななか一羽のカラスが、矢のように早くデービッドたちのところへ滑空してきたかと思うと、うつ伏せになっている老人の背中へひょいと飛びおりた。そうしてピョンピョンと跳びはねるように老人の上着のポケットへと近づくと、大きなくちばしを中に突っこみ探り始めた。デービッドが何事かと目を上げると、カラスはさも嬉しそうにカーと声を上げて鳴き、ポケットの中から丸まった白いハンカチを引っ張り出した。それを見た瞬間、デービッドも手を叩いて叫んだ。
「そうか、イジー!名もなき花の球根だね」
 少年の言葉に答えるようにカラスのイジーは大きくうなずき、くちばしにくわえていたハンカチの包みをポトリと彼の膝の上に落とした。
 デービッドはすぐにそれを拾い上げ、大事そうに両手で包み込んだ。
「これがあれば、クリスを助けることができるかも知れない……」
 デービッドの声はかすかに震えていたが、もはやその声色には先ほどまでの絶望的な響きはなく、かわりに確かな希望の光が差し始めていた。
 カラスのイジーは、デービッドが「名もなき花」をそっとクリス老人の鼻先へと運ぶのを見届けると、ふたたび舞い上がり、カラスの群れの中心にある木の枝へと飛び移った。そして彼は、仲間のカラスたちに向かい熱のこもった口調で語り始めた。
「クリスさんは、今とても危険な状態です。このまま放っておいたら、死んでしまうかもしれません。みなさんの中で、誰かメリルさんのところへ行き、このことを伝えて来て下さる方はいませんか?クリスさんは僕の命の恩人なんです。それにメリルさんにとっても、「名もなき花」の球根を譲り渡したほどの大切な友人なんです。ですから何としても、クリスさんを助けたいのです。どなたか行って下さる方はいませんか?」
 すると、例のつがいのカラスも、大声で群れに向かって叫んだ。
「私たちはここまで旅して来たため、もうあまり飛ぶ力が残っていません。十分飛ぶ力があり、またより早く飛ぶ自信のある方が、メリルさんのところへ行き呼んできて下されば、クリス老人を助けることができるかも知れません!」
 これを聞くと、カラスたちは互いに顔を見合わせ、口々に言い合いを始めた。そうして収集のつかないような騒ぎにまで発展してしまったとイジーが困り果てていると、突然一羽のカラスが雷のような大声で群れを一喝して言った。
「お前らは引っこんでいろ!誰よりも早く飛べる者というのなら、俺をおいて他にはいるまい!」
 怒鳴り声の大きさに驚いたカラスたちが、いっせいに静まりかえり声のした方に目をやると、そこには、見るからにいかつい風貌の体のがっしりとした大ガラスが、威嚇するようにくちばしを大きく開き、カラスたちを傲然と睨み返していた。
「早く飛ぶことなら、俺にかなう者はいまい。俺がメリル婦人のところへ行ってやろう!」
 これを聞いたつがいのカラスは、すぐにイジーに耳打ちした。
「あれは、この街では知らぬ者はいない乱暴者だが、飛ぶことにかけてはまず奴の右に出る者がいないのは確かだ。ここはひとつ、彼に行ってもらうことにしよう!」
 イジーは、乱暴者と聞いてやや尻ごみしたが、勇気をふりしぼって大ガラスのもとへ飛んでいくと、ファンタジーガーデンまでの道筋を詳しく説明した。さらに途中谷で出会った鳶のことも彼に伝え、谷からは鳶に道案内してもらうといいと伝えた。大ガラスは、承知した、と答えるが早いか、これまでイジーが見たこともないような力強い羽ばたきで空へと舞いあがった。そうして見る見るうちに街の彼方へと飛び去って行ったのである。
 
 こうして使いのカラスがファンタジーガーデンへと飛び発ったのを見届けたイジーは、クリス老人の容体を案じ、ふたたびデービッドとクリス老人のもとへと戻った。心配げにクリス老人の顔を覗き込むが、老人の意識はまだ戻ってはいない。デービッドは掌に乗せた「名もなき花」をクリス老人の鼻先へと近づけたまま、何事かを念じる様子でじっと目を閉じていた。イジーはデービッドの傍らに身を寄せ彼とともに一心に願った。
(どうか、クリスさんが元気になりますように!)
と、その時、かすかにクリス老人の右手の指先が動くのに気付きイジーが叫んだ!
 イジーの声にデービッドも目を開けると、ようやく意識を取り戻したクリス老人が、弱々しい声でつぶやいた。
「デービッド様ーー」
 デービッドは嬉しそうに叫んだ。
「クリス!気がついたの?」
 その声を聞きつけ、チャールズも慌てて二人のもとへと駆け寄った。
「デービッド様……。<名もなき花>をお使いになったのですか?」
 苦しい息の間から、クリス老人はそう囁いてデービッドの顔を見上げた。
「うん……でも、僕の力じゃ足りないよ。クリスを助けるにはメリル婦人の力が必要だ!」
 デービッドは悲しげな声でうめくように言った。
 しかしクリス老人は穏やかな口調で言った。
「デービッド様は、じゅうぶん助けて下さいました。私はもう痛みを感じません。恐らく「名もなき花」が私の痛みを取り除いてくれたのでしょう。これもデービッド様が、私の傷の回復を強く願って下さったおかげです」
 チャールズは二人の会話にじっと耳を傾けていた。
(「名もなき花」は用いる者と、癒される者との心によって、治癒力に大きな差が生じるのですーー)
 と、メリルさんから聞かされていた彼は、クリス老人の出血が止まり、傷跡が塞ぎ始めているのに気付き驚嘆せずにはいられなかった。しかし、老人の容体は決して芳しくはない。むやみに体を動かすことも躊躇われるような状況には違いなかった。


 そうしてその場でクリス老人の様子をうかがいつつ、医者を呼びに行ったギルバートの帰りを今か今かと待ち続けていた彼らだったが、やがて屋敷の表でばたばたともの音がし、人の叫ぶ声がしたたかと思うと、裏庭へと通じる脇道を駆けてこちらにやって来る二人の人影を見出し、みな一様に喜びの声を上げた。
 それは紛れもなくギルバートと、彼が連れてきた医者と思われる紳士に違いなかった。
「ギルバート!」
 チャールズはそう叫んで、彼らの方へと走り寄った。
「クリス老人の様子はどうだい?」
 息をはずませながら問いかけるギルバートと医者に向かい、チャールズは意識が戻ったことと、傷の出血が収まったことを話した。すると医者は、出血が止まったですって!と驚きの声を上げ、地面に横たわっている患者のもとにかがみこみ傷跡に目を走らせた。
「信じられんことだ!止血もしていないというのに、出血が止まるとは」
 医者はわが目を疑うといった様子で、唸り声をあげつつもクリス老人の診察を始めた。

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