上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  •   --, -- --:--
 壁際の椅子に腰かけていたメアリーは、思いがけず息子に話しかけられ逡巡としたが、すぐに居住まいを正し、つとめて平静を装おうとした。
 だが、いつもなら息子の呼びかけには母親らしい情愛に満ちた表情を浮かべる彼女が、緊張を隠そうとするあまりに無表情をとりつくろうさまは、いかにも不自然なものだったと言わざるをえない。
「どうしたの?デービッド」
 かすれるような声で答えて、メアリーは頬に垂れかかるほつれ髪を右手でかき上げた。伏し目がちに息子の眼差しをやり過ごし、顔を背けるようにクリス老人の方へと視線を落とす。
「クリスは、昏睡状態のようね……」
 しかし抑揚のないメアリーの声は、かえってデービッドの心を逆撫でせずにはいられなかった。彼は一瞬、膝の上で拳を握りしめた。やり場のない腹立たしさを母にぶつけたくなる衝動をじっとこらえ、感情を押し殺した低い声で言った。
「この部屋を、僕とクリスの二人だけにしてくれないかな。それと、いったん部屋を出たら、僕がいいと言うまで誰も中には入らないで欲しいんだ」
 クリスを担ぎこんだ部屋は客間の一つであったが、普段はほとんど使用されることはなかった。そのため人の出入りを禁じたところで、特に不都合はないと思われた。
 ただメアリーは、デービッドが他の人間を部屋に寄せ付けないようにしようとすることに、やや抵抗を感じて言った。
「クリスと二人だけになりたいというのは構わないけれど。でも……他の人を全く部屋に入れないというのはどうかしら?お医者様には、クリスの容体を診ていただいた方がよいでしょうしーー」
 メアリーはそこまで言いかけて、デービッドの燃えるような眼が自分に向けられていることに気づき、慌てて口をつぐんだ。
「僕の言うとおりにして!母さん」
 吐き捨てるような口調に、周囲の人々の視線がいっせいにデービッドに注がれる。
 メアリーは、自分を威圧するようなデービッドの態度にひどく衝撃を受け、悲しみと怒りから彼女の唇からはたちまち血の気が失せていった。
 これを見たチャールズは、「デービッドの好きにさせてあげた方がいい」とメアリーに囁き、ギルバートも、駆けつけてきたメイド頭のセシリアに、「奥様を、部屋までお連れしてくれ!」と急ぎいいつけた。
 二人は、やや神経質な面のあるメアリーが、激しく動揺し感情的になることを恐れたのである。
 デービッドは、皆がものいいたげな顔で自分を見つめているのを感じていたが、唇を噛みしめたまま彼らを静かな目で見返し、「みなさん、部屋から出ていただけますか」と言ったきりその場に立ちつくした。思いつめた彼の様子に、やむを得ず一人また一人と部屋を出て行き、最後にギルバートが「部屋には、誰も近づかせないようにしましょう」と告げて出ていくと、デービッドはすぐに扉をばたんと閉め内側から鍵をかけた。
「さあ!イジー。これで部屋には僕らだけだよ。窓を開けて君の仲間を呼ぼう!」
 振り返りざまデービッドはそう言うと、庭に面した四つの窓に小走りに近づき、順にそれらを開け放しにかかった。
 全ての窓が開かれるのを見届けると、イジーは大声を上げて仲間のカラスたちに呼びかけた。
 その途端、バタバタバタと凄まじいカラスの羽ばたきが辺りに響き渡ったかと思うと、真っ黒なカラスの渦が空を覆った。渦はぐるぐると旋回しながら、しだいに八の字を描くように飛び方を変化させていく。
 そうして波打つように飛び続けながら、徐々にまた形を変えていくと、今度はパッと四方に飛び散り、それぞれが真っ直ぐにクリス老人のいる部屋の窓へと飛び込んで来たのだった。
 だが彼らはその数の多さにもかかわらず、実に巧みに飛行してみせた。狭い部屋の中に入っても、仲間同士がぶつからぬよう、輪を描きながらぐるぐると部屋の中を器用に飛び回る。さらにタイミングを見計らっては、一羽ずつ順番に床や照明、机の上など部屋のいたるところに次々ととまっていく。
 そしてほんの数分ののちには、彼らはクリス老人とその傍に寄り添うデービッドを囲むように集い、あっという間に部屋はカラスの大群に埋め尽くされたのであった。


記事を読んでいただき、ありがとうございます!
ただいまブログランキングに参加中です。
ポチッと応援していただけると、励みになります。

にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村


ファンタジー・SF小説 ブログランキングへ

 
スポンサーサイト

WHAT'S NEW?

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。