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 チャールズは、メアリーの部屋の前まで来てノックをしようと拳を上げたが、ふいに迷いが生じそのまま腕をおろした。デービッドがカラスの大群を部屋に入れた事実を話すために来たものの、いざとなるとやはり話していいものかどうか躊躇われる。
(それに――)
 と彼は心の中で反芻した。
 チャールズはもう長い間、メアリーと顔を合わせることを避けてきたのである――
 クリス老人が誤って転落した現場に居合わせたメアリーの青ざめた顔を目にし、たまらず駆け寄ったチャールズではあったが、彼は彼女との間にずっと距離をおいてきたのだった。
 彼が、マーシャル邸を訪ねたのは今回が初めてではない。これまでにも幾度となく商談のためにこの屋敷を訪れていた。しかし今日までチャールズは、そのたびにメアリーとは顔を合わせぬようにとの配慮を常に怠らずにきたのである。
 彼は――彼女との面会によって、さる人物の名前が会話にのぼることを極端に恐れていた。
 万が一その話題が出れば、彼は決して冷静ではいられないだろう。のみならず、自分にもメアリーにも少なからぬ苦痛を与える言葉を、発してしまうかも知れない。彼は心の中で、そう危惧していたのであった。
 
 
 チャールズが、最後にメアリーに会ったのは今から十数年前のこと。彼女がまだ15歳の時であった。
 当時チャールズは、大怪我を負い床に伏せているメアリーの兄ベンジャミンを見舞うため、足しげくメアリーの実家であるジョンソン邸に通っていた。
 彼はベンジャミンの怪我が、自分の過失によって引き起こされたものであったと、深い後悔の念を抱いていた。それゆえ彼は、1日もかかさずジョンソン邸の門をくぐっていたのである。チャールズの過失。それは恐ろしい事故の起こった現場にベンジャミンを呼び寄せ、しかも自分自身は、事故の瞬間にはその場にいなかったということである。
 
――それは、9月のある風の強い日のことであった。
 チャールズとベンジャミンは、街外れの草原に建つ古い風車小屋で待ち合わせをしていた。約束の時刻は正午ちょうど。しかしチャールズは出かけ際、父から急ぎの用を頼まれ、約束の時間までに待ち合わせの場所に行くのが難しくなってしまった。そこで彼は、できるだけ用事を早く済ませ、その足でベンジャミンとの約束の場所へととって返すことにした。
 約束の時刻になってもあらわれないチャールズに、時間をもてあましたベンジャミンは、やむなく小屋の中にうず高く積まれていた藁の上に寝そべってひとり横になった。そうして彼を待つつもりであっのたが、前日の夜遅くまで起きて書物を読み耽っていた彼は、つい睡魔に襲われそのまま寝入ってしまったのだった。
 ところが、忌まわしい事件はその時起こったのである。
 何という不運な偶然だろう!風車小屋の持ち主に深い遺恨を持っていたある男が、小屋が無人とばかり思い込み、浅ましくも火を放ったのである。火は強風にあおられて飛び火し、たちまちのうちに小屋をのみこむ炎とともに、どす黒い煙がもうもうと空にたちのぼった。
 用を済ませたチャールズは、御者に命じ出来うる限りの速さで馬車を走らせていたが、街外れまで来て風車小屋の方に目を向けた時、行く手の空に黒々とした煙がたちのぼっているのを見て、いいしれぬ胸騒ぎを覚えた。
 そして――、その胸騒ぎは皮肉にも的中してしまったのである。
 彼は見た。燃え盛る炎に包まれた風車小屋の姿を!
 風上にあたる風車小屋から、風にのって流れてくる鼻をつく煙の臭い。パチパチと音をたてる火花。、むき出しになり焦げ付いた壁や柱が、軋みぶつかりあいながら崩れ落ちていくさま。あたりを走り回る近隣住人の発する悲鳴とも怒号ともつかぬ叫び声。
 それらの光景が、驚愕しているチャールズの頭の中でぐるぐると回りはじめ、彼は恐ろしさのあまり呆然とその場に立ちすくんだ。

 ――幸い、小屋の出入り口近くで倒れていたベンジャミンはいち早く助け出され、命だけは取りとめた。
 しかし煙を吸ったために喉が焼けて口が聞けぬうえ、酷い火傷を全身に負うこととなった。かつては通りがかりの女性たちが、皆振り返る程の美男子であった彼は、この日を境に見る影もない醜い姿へと変貌してしまったのである。


「チャールズ?!」
 ようやく心を決めたチャールズがドアをノックしメアリーの部屋の中へと入って行くと、彼女は意外そうな顔をして言った。
「メアリー。気分はどう?よく眠れたかい?」
 彼女は枕を背もたれがわりにしてベッドの上に腰かけていたが、チャールズの姿を見ると、はおっていたガウンを胸元に引き寄せるようにして顔をあからめた。
「いま、ベンジャミンのことを思い出してたところよ……」
 ベッド脇の小卓に置かれた花瓶に目をやりながら、メアリーは答えた。
「ベンジャミンのことを?」
 チャールズの声が震えた。彼の恐れている人物の名を、メアリーが口にしたからである。しかし、メアリーはそれにはまったく気付いていなかった。
「子供の頃、一緒に魚釣りに行って、私が釣竿を川に流してしまった時のこと覚えてて?」
 メアリーはチャールズの顔を見上げ、優しく微笑んだ。
「ああ、君は泣きべそかいてたね」
 顔をひきつらせながらも、チャールズがぎこちない笑顔を返す。
「チャールズ。お兄様のことで、一つ気になってることがあるんだけど」
 メアリーは気づかうような眼差しを彼に向け、訊ねた。
「もしかして……。あなたベンジャミンが亡くなったことを自分のせいだって思っていやしないでしょうね?」
 チャールズは、言葉を失い身を強張らせた。
「あれは不幸な事故だったのよ。決してあなたのせいなんかじゃない――」
 そう言いかけたメアリーを遮るように、
「君のご両親も、あの時僕にそう言って下さった。だがもし僕が、ベンジャミンとの約束に遅れて来さえしなければ、彼はあんな目に合いはしなかった!」と、チャールズは吐き捨てるようにそう言った。
「――チャールズ。あなたやっぱり……」
 メアリーは胸を押さえて苦痛の表情を浮かべ、チャールズを見つめた。
「事故の後、ベンジャミンは決して僕に会おうとはしてくれなかった……」
「それは兄様なりの思いやりなのよ。あなたと会えば、変わり果てた自分の姿を見て、あなたが自分を責めはしないかって――」
「だがそのせいで、結局、最後まで僕はベンジャミンに会うことすらできなかった――」
 メアリーは、首をうなだれ言いよどんだ。
「それは……」
  二人の脳裏に、あの日誰の目に触れることもなく、棺桶のふたを固く閉ざしたまま埋葬されていったベンジャミンの葬儀の光景がよぎった。
「チャールズ。今もメリル婦人から<名もなき花>を手に入れたいと思っているの?」
 目を伏せたままメアリーはそうつぶやいた。
「あの花はファンタジーガーデンでしか咲かせられないし、花の効力を最大限に引き出せるのもメリル婦人しかいないのよ。外に持ち出したら、病や怪我を癒す力を保てるとは限らない。そんなの意味がないわ」
「意味がない?君の言葉とは思えないな、メアリー?」
 チャールズは、語気を強めてそう言った。
「あの頃は私も若くて、もしかしたら?と思っていたわ。でも……今はメリル婦人が外への持ち出しを拒んだ理由が解る気がするの」
「幼子は、何よりも母親の懐を恋しがるものよ。どんなに不安で、何かしら苦痛さえ感じていたとしても、母親の手に抱かれると不思議に安心して癒されるものなの。私、<名もなき花>にとって、メリル婦人は母のような存在だと思うのよ。だから彼女の手を離れたら、花は枯れてしまうような気がするの……」
 チャールズはメアリーの言葉に顔を曇らせ、無言のまま床に視線を落とした。


                                      image 花瓶の花・白
                                           
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