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 メリル婦人に名をつけられたカラスーーランディが、街外れの古びた馬車小屋跡の屋根の上にとまり、ファンタジガーデンからの待ち人を見逃すまいと緑の牧場の見張りに立ってから、はや1時間が経っていた。
 彼はふと丘の向こうに、小さな黒い影がゆらめき動くのを見つけ、興奮のあまり翼をばたつかせ前方に身をのりだした。目を凝らして見つめていると、影は土煙をあげながら街道沿いに徐々にこちらに近づいて来るのが分かったが、しばらくすると、それがこちらへと向かって疾駆してくる1台の馬車であることがランディにも見てとれた。
(メリルさんだ!!)、
 待ちかねた人の訪れに、ランディの胸が高鳴る。彼は喜びいさんで空へと舞いあがると、馬車の方へと矢のような勢いで飛んで行った。やがて眼下に馬車を見下ろせる距離まで近づいてみると、4頭の白馬にひかれた馬車の御者台には修道士服姿の男が座り、懸命に手綱をふるって馬を走らせていることが分かった。てっきりメリルさんが御者台にいるとばかり思っていたランディは落胆し、彼女の姿を探して客車のところまで急降下した。するとすれ違いざま、馬車の窓の奥に懐かしいメリル婦人の横顔が一瞬垣間見えたのである。
 ランディは旋回して、もう一度通り過ぎた馬車に近づきながら大声で叫んだ。
「メリルさん!僕です。ランディです」
 だが吹きすさぶ風と車輪の音にかき消され、すぐには彼の声は客車の人物には届かなかった。しかし必死の祈りがつうじたのか、偶然にも外の景色を見ようと窓から首をのぞかせたメリル婦人が、ランディの声と姿に気がついたのである。
「まあ、ランディ!」
 メリルさんは驚いた顔で、馬車のすぐ上空を飛びながらついてくる一羽のカラスを見上げた。
「メリルさん、僕が、マーシャル邸への近道をお教えします!どうか御者の人にそう伝えて下さい」
 ランディがそう叫ぶと、メリル婦人は頷いて御者に向かって大声で話しかけた。
「このカラスが屋敷へと道案内をしてくれるそうです。どうかついて行って下さい!」
 メリルさんの言葉に、御者台の修道士も馬車の上空を飛ぶカラスを一瞥し大声で答えた。
「分かりました!」
 ランディは、馬車がついてきやすいように普段より低めに飛びながら、マーシャル邸へと案内を始めた。刻一刻と時は過ぎ、メリル婦人がファンタジーガーデンを発ってからすでに3時間が経過している。
 彼女は膝に抱えた包みをそっとさすりながら、どうぞ間に合いますようにーーと心のなかで祈った。

「デービッド!わたしだ、チャールズだ。ドアを開けてはくれないか?」
 眠ったまま意識の戻らないクリスを心配そうに見つめていたデービッドは、ドアを叩いて呼びかけるチャールズに気付き、虚ろな声で返事をした。
「……今、鍵を開けます。ただ、入室はしないで下さい。それと大声もたてないで」
 ドアの向こうで、チャールズは承知した!と小声で返事をした。
 デービッドは立ち上がり、ゆっくりとドアのところまで行くと鍵を開けた。音もなくドアが開き、穏やかな表情を浮かべたチャールズが姿を現す。
「ギルバートとも相談したんだが、これからメリル婦人のもとへ使いを送ろうと思っている。彼女なら名もなき花を使って、クリス老人の傷を癒す手助けができるかも知れないからね」
 ところがチャールズの予想に反して、デービッドは苦笑いを浮かべて言った。
「それには及びませんーー」
 チャールズは唖然として、デービッドを見返した。
「何だって!てっきり君は名もなき花の力を信じているとばかり思っていたが」
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ーーその光景は、まるで一幅の絵画を見るようであった。
 鮮やかな赤いドレス姿のメリル婦人と、それを取り囲む漆黒の翼をもつカラスたちの群れ。部屋の中央のベッドに横たわる老人の傍らには青ざめた顔の美少年が跪き、顔を歪め生気を失いつつある老人の枕元には、鳥かごに入った清らかな白い花が命の灯火のように置かれている。

 メリル婦人は手を合わせ、祈るような様子で頭をうなだれていたが、ふと顔を上げドアの向こうに佇み見守る人々に呼びかけた。
「皆さん!どうかこの老人のために祈って下さい。そして、傷は癒える!と心から信じて下さい。そうすればきっと、奇跡が起こります!」
 メリル婦人の呼びかけに、その場に居合わせた者はみな思い思いに手を合せ、老人のために祈った。
 そしてしばらくの沈黙の後、突然、使用人の一人が声を上げた。
「名もなき花が開くわ!」
 いっせいに人々の視線が名もなき花に注がれる。
 はたして、それまで花弁を固く閉ざしていた名もなき花のつぼみは、いまやゆっくりとほころび始めようとしていた。それとともに、かすかに芳しい香りが部屋にたちこめ、人々はその甘い香りにすっかり魅了されていった。皆ひとしく心をときほぐされ、穏やかで希望に満ち溢れた感情が内に湧きあがるのを感じた。
「クリス!クリス!」
 メリル婦人は、何度も繰り返し老人に呼びかけた。たちこめる名もなき花の香りが一段と強くなっていく。それまでずっとクリス老人の手を握りしめていたデービッドが、思わず叫んだ。
「今、クリスが僕の手を握り返したよ!」
 その瞬間、メリル婦人は美しい花を咲かせたばかりの名もなき花の一輪を手折り、それをクリス老人の額の上において叫んだ。
「名もなき花の命の源よ。この老人に命を授けよ!」
 メリル婦人の頬に涙が光った。
 それは愛する花の命を自ら摘み取ったことへの悲しみであったのかーー、チャールズはメリル婦人の悲痛な表情を見て、胸がしめつけられる思いがした。
 クリス老人の容体はみるみる回復の兆しを示しはじめた。頬には血色がもどり、苦痛の表情は穏やかさを取り戻し、まるでただ眠っているだけのようにさえ見受けられる。やがて老人は元気そうな様子で目を覚まし、傍らのデービッドに向かい笑みを浮かべて話しかけた。
「デービッド様……」
 この様子を見ていた人々の間から、どよめきが起こった。 

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