ちょうどこの時、チャールズが見上げた屋敷の最上階の一室で、メアリー・マーシャルは自室の机に向かい入念に書類に目を通していた。彼女は今日1日をこの自室で過ごし、週末に迫った晩さん会に招く招待客のリストの作成に費やしていた。
毎年の恒例行事となっているマーシャル家の晩さん会には、町の名士が多数招かれ盛大にとり行われる。代々、晩さん会の準備はすべて次期当主の妻がとり仕切るのがきまりとなっていたため、この1週間メアリーは多忙な日々を送っていた。
すでに晩さん会に必要な品々の調達や会場設営の手配などは終えていたものの、最も慎重さを要する招待客の選別という作業がまだ残されており、彼女は1日その仕事ににかかりきりとなっていたのである。 メアリーが聞いた話では、マーシャル伯爵はこれまで一度たりとも、前年と同じ顔ぶれの招待客を招いたことはないということであった。事実彼女が招待客の選別作業を行うようになってから、常に招待客には前年とは異なる顔ぶれが含まれていた。
1年を通じてマーシャル家により大きく貢献した者のみを招く、というのが伯爵の強い意向であり、それだけに招待客の選別はメアリーにとって最も頭の痛い作業でもあった。
(今年も、複数の人たちをリストから外さなければならないわねーー)
メアリーは、新しくリストに加えるよう指示のあった人たちの席次表を考えながら、そう心の中で呟いた。
招待客の人数は毎年同じとされているため、どうしてもリストから外す人々を選ばなければならない。しかし気立ての優しい彼女にとって、これはとても気の重い仕事であった。
何度読み返してもなかなか選ぶことができず、とうとう決めかねた彼女は仕事を中断し席を立った。
そして気晴らしのつもりで窓の外を見下ろしたーーとその時である。
彼女は見下ろした視線のその先に、思いがけず一人の紳士が立っているのに気付きはっとして身を強張らせた。なぜならその紳士の物腰といい、風貌といい、彼女のよく知る人物にそっくりだったからである。
(チャールズ?!)
ーーそう心で叫んだ瞬間、メアリーはたちまち胸がしめつけられるような思いに駆られた。
*********
クリス老人は、つかつかと窓のところに行き外を眺めた。
クリス老人の動きを目で追ったデービッドとギルバートは、このとき初めて屋敷を囲む木々の枝のあちこちに、無数のカラスがとまっているのに気がつき驚愕の声を上げた。
と同時に、クリス老人の肩にとまっていたイジーも突然大声で叫んだ。
「凄い!みんな来てくれたんだ!」
イジーはつがいのカラスが集めてきた町のカラスの多さに、すっかり感動していた。
「ああ。みな、メリルさんのことを心配して集まってきてくれたのだね」
そう言いながらも、クリス老人は木々の枝にとまってこちらを見ているカラスたちの数に圧倒され、内心恐怖すら感じていた。
カラスの群れに不安を感じたのは、デービッドやギルバート氏も同様である。
「クリス。あのカラスたちはここで何をしているの?」
デービッドは不安げな声で、クリス老人に話しかけた。
クリス老人は、窓を開けイジーを屋敷の外へと飛び立たせると、振り返って言った。
「おそらく、メリル婦人の手助けをするために集まってきたカラスたちでしょう」
そして老人は、ギルバート氏に向かい低く鋭い口調で言った。
「屋敷の外のカラスたちに手を出さぬよう、使用人たちに注意をしていただけませんか?カラスは仲間意識の強い鳥です。一羽でも傷つけたりすると、大変な惨事にもなりかねません」
ギルバート氏は頷くと、すぐに部屋の外へと出て行った。
デービッドは窓辺に立つクリス老人に歩み寄り、小声で囁いた。
「クリス。さっき、ギルバートさんが言いかけてた話のことーーチャールズさんが<名もなき花>を手にいれたがる理由だけど、何か心当たりはある?」
クリス老人はしばらく考え込んでいたが、かすかな声で呟くように言った。
「実は、メリル婦人はデービッド様の母君の遠縁にあたられる方なのです。このことを知っているのはごく限られた人たちなのですがーー、おそらくチャールズ氏も知っていると思います。それで彼は、メリル婦人に近づくことができ、<名もなき花>を入手したいという話にも耳を貸してもらえたのだと思います。詳しいいきさつは分かりませんが、当時チャールズ氏にはどうしても助けたいと思っている方がいて、そのため花の入手にやっきになっていたのだとかーー。そしてその助けたいという方は、デービッド様の母君にも縁の深い方だったという噂がたっていたのを記憶しています]
デービッドは、<名もなき花>をめぐる問題に自分の母が関わっていたという事実を知らされ、少なからずうろたえた。
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